勉強,それ自体は楽しくない

 皆さんは日々の勉強に対する意欲(モチベーション)をどのように保っていますか?意欲というのは自然発生的に湧きあがってくるように感じますが,もしもこれをコントロールできるとしたらどうでしょうか?ここではその方法について説明します.
 学生さんたちに勉強は楽しいですか?と質問すると,「楽しい」「楽しくない」どちらの意見もあります.なぜ「楽しい」のか?と尋ねると,「勉強して知識がつながるのが楽しい」「知識の使いどころがわかるのが楽しい」といった答えが返ってきます.
 つまり楽しいと感じるのは「勉強した結果,何かを得たり,自分の中で何かが変わった」からであって,実は誰も「勉強するという行為自体が楽しい」とは答えないのです.
 実はここがポイントです.勉強とは「何かを得たり,自分の中で何かを変える」ための手段であって,勉強自体が目的ではありません.ですから「勉強が楽しくない」と感じるのはごく当たり前のことと言えます.ただの作業なのですから.例えばスポーツでも,趣味としてのスポーツと,大会での入賞を目的としたトレーニングとしてのスポーツは分けて考えるべきでしょう.趣味はそれ自体が楽しいですが,トレーニングは成果を実感できた時に楽しいのです.


期待×価値理論で意欲をコントロールする

 「期待×価値理論」という考え方があります.アトキンソン(Atkinson,1957)という方が提唱した理論で,人の意欲(行動を起こすか起こさないか)は以下の公式で算出できるとしています.

      意欲=期待×価値(×達成欲求)

 「期待」とは自分にはそれができそうだという見込みのことです.「価値」とはそれに成功した結果,得るものの主観的価値です.これら2つの掛け算が実際やってみようかという意欲になるわけです.
 足し算ではなく掛け算ですから,どちらか一方が高くても,もう一方が低ければやる気は起きません.先ほどの勉強の例では,勉強した結果,知識が手に入るわけですが,その勉強があまりに難しかったり,量が多かったりすれば,「とてもムリだ」となり(期待0),いくら「勉強すれば成績が上がるから!」と言われてもやろうとは思いません.また得られる知識や成績に何の意義も見いだせなかったら(価値0),これまた空しい気持ちになってしまい,やろうとは思いません.
 また他にも日常生活の例で,心理学者の植木理恵さんという方が恋愛に例えてくださっていたので引用させていただきます.あなたにとって,とても魅力的な異性がいたとしましょう(価値100).しかしその人があなたに全く目もくれず,脈なしだったら(期待0),あなたはその人にアプローチしてみようとは思わないでしょう.また逆に,向こうからあなたにグイグイ迫ってくる異性がいたとしても(期待100),その人が全く自分の好みではなかったら(価値0),やはりアプローチしようと思いませんね.


 それと最後の「達成動機」とは,チャレンジャー度ともいうべきものです.困難に挑戦する性格か,守りに入る性格か.また期待の数値によっても変動します.少し把握するのが難しい要素であり式が複雑になるため今回は割愛します.
 そんなわけで,いまいち勉強の意欲がわかない!と感じている人は,勉強に対する期待か価値のどちらか(あるいは両方)が低くなっていることが考えられます.以下でその具体的な上げ方を説明します.


期待は短期目標を細かく設定すると高くなる

 まず期待の高め方について.期待とは行為の成功率のことですが,ポイントは「主観的」な成功率ということです.「客観的」ではないので,考え方次第で変えることができます.ここは自分の職業とからめて理学療法的に考えてみましょう.私たち理学療法士は,患者さんにリハビリテーションを提供する際に治療の短期目標,長期目標,最終目標という考え方を用います.
 例えば,交通事故が原因で両脚を切断してしまい,明日からリハビリテーションが始まるものの絶望から何も手につかない人に対し,「2年後のパラリンピックに出るからとにかく練習して」と言ったところで,「そんなの無理だ」となり練習してくれません.しかし「2年後のパラリンピックに出場しましょう(最終目標).生活しながらアスリートトレーニングをする期間を考えると今から6か月後には自分で生活できるくらいになっている必要があります(長期目標).そのためにまずは義足で歩けるようになりましょう.しかし義足を使うには大殿筋の筋力が足りていません.1週間後にもう一度測定しますので(短期目標),あしたから大殿筋の強化を中心にトレーニングしていきましょう.」こんな風に説明すると,「何となくできそうな気がするからやってみるか.」という気分になってくるものです.
 これが期待が高くなった状態です.一見大それた目標でも細かく分割して短期目標として提示すると,なんだかできるような気がしてきます.買い物でも,一括払いよりも分割払いの方が何となく安い気がしませんか?販売員が分割払いを勧めるのはこんな理由もあるのです.


 これを国家試験勉強にあてはめると,細かく学習計画を立てる,ということになります.国家試験の出題分野は解剖学,評価法など科目で分けることもできますし,パーキンソン病などのように疾患で分けても良いです.また過去問題を使って勉強するなら第○回というように年度ごとに分けても良いです.達成度が設定できるならした方が良いですが,しなくても差し支えありません.またその分割方法や順番も自由です(どうせ全部やることになるのですから,順番なんて「比較的嫌いじゃないから」とか「サイコロ」とかでいいんです).
 よく学生さんから,「勉強しなければいけないことは分かっているが,どこから手を付けていいかわからない(だからやらない)」という相談を受けます.これはまさに短期目標を立てていないがために期待が低くなっている状態です.「国家試験勉強をしよう!」と考えてしまうと目標が大きすぎるために期待が上がってきません.「今日から5日間,パーキンソン病の勉強をしよう」というように数時間〜数日くらいの短期目標を立ててみましょう.
 ただし,昔に勉強した分野を全く手を付けずに放置しておくとだんだんと忘れてしまいますので,ある程度進んだら今まで勉強した範囲をざっと復習,というのも計画に入れてください.


価値は理学療法士への憧れと探究心が大事

 次に価値の高め方について.勉強とは手段であり,目的ではありません.ですから勉強自体に価値を求めることはできません.目的とは「国家試験に合格して理学療法士になること」もしくは「理学療法士として成長すること」です.これらがあなたにとって価値の高いものであるほど,意欲は高まるわけです.
 理学療法士を目指して勉強している皆さんですから,理学療法士という職業に就くことはすでに魅力的でしょう.その思い入れの強さは個人差があるでしょうが,その価値をしっかりと認識できるよう,理想の理学療法士像を想い描いたり,働き始めたらこんなふうに仕事をしたいといった将来への展望を持ちつつ勉強してみてください.もし学校生活や臨床実習などで,憧れるような先輩,理学療法士に出会えていたら幸運だと思います.


 そして価値を高める方法がもう一つあります.それは普段の授業で常に「なぜ?」という視点を持つことです.知識や理解は自分から好んで得ることが理想的ですが,そうは言っていられませんね.嫌いな授業もあります.そこで「なぜ?」という探究心を持ってください.
 自分が今勉強している知識が,なぜそうだと言えるのか,何の役に立つのか.自分が何のために勉強しているのかがわかってくると知識・理解を得ること自体が楽しくなります.養成校で1,2年生の時は基礎ばかりの授業でつまらなかったのが,3年生あたりになって応用の授業が増えると,とたんに面白くなってくるのはこのためです.
 中学校,高校あたりの勉強を思い出してください.自分は中学生の時,漢文の授業が嫌いでした.「こんなもの習っても将来役に立たない」と思っていたからです.勉強した結果,得られるものに自分なりの意義が見いだせないと,価値は低くなります.実際のところ,漢文の知識は教養として自分の中に蓄積され,現在,患者さんと会話をする際に役立ったりもするわけですが,そんなことは中学生時代の自分にはわかりません.当時の自分は漢文の知識にどうしても意義が見いだせなかったのです.

      @「勉強する」→A「知識・理解を得る」→B「国家試験に合格する」→C「理学療法士になる」

 今までは図のC「理学療法士になること」を目的として@「勉強する」について語ってきましたが,ここでA「知識・理解を得る」に価値を見出せるようになれば,C「理学療法士になる」よりもステップが少ないためよりシンプルに価値を感じられるでしょう.あまり多くのステップを踏みすぎると,実感がわかなくなるからです.


期待×価値理論に対する批判

 ところで,この期待×価値理論にも弱点というか,批判はあります.期待×価値理論は経済学でよく扱われる理論なのですが,現実的には行動の結果がすぐに出るわけではないから,ほとんどの人は行動の結果としての報酬を得ない状態で手さぐりでの行動を強いられ,期待や価値を実感することができません.例えば勉強すればした分即座に成績が上がり,試験結果も上がるのであれば良いのですが,入学してきて4年後の国家試験へ向けて勉強…といっても想像が追いつきませんね.その結果,意志の強い人や真面目な人だけ一生懸命勉強したり,周りの雰囲気に合わせて惰性で勉強したりします.
 また失敗すると何となくわかっていても(期待0),社会的関係を円滑に保つために仕方なく行動に移すことも会社組織などではよくあります.
 このように限定された環境下であれば良好に作用する期待×価値理論ではありますが,実際の社会生活に当てはめた場合そこから外れる行動も出てきます.しかしながら経済学の世界で長い間淘汰されず支持されてきた数少ない理論であり,人の行動に確実に影響を及ぼしていると思います.


まとめ
@学習の短期目標を立てること
A理想の理学療法士像を想い描くこと
B探究心を持つこと




期待×価値理論