ショウジョウバエの実験

 公益財団法人東京都医学総合研究所の平野 恭敬らの研究チームが,空腹状態になると記憶力があがることとそのさらにその分子メカニズムをショウジョウバエを用いて明らかにしました.このことは2013年1月25日発行の米国科学誌「Science」に掲載されました.
 実験の概要はこうです.まず先行研究成果として,ショウジョウバエに1つの匂いと電気ショックを同時に与えるとその匂いを電気ショックと関連付けて学習し,その匂いから遠ざかることがわかっています(逆に匂いと砂糖水を同時に与えると,匂いを好きになって近寄ってきます).

 ただしこの記憶は短期記憶であり,1日経つと一定の割合で忘れてしまうようです.そこで次にハエを絶食させた状態で同様の実験をしたところ,9時間の絶食で満腹時の1.5倍,16時間の絶食で2倍の数のハエが記憶を保持していたとのことです.ただし絶食時間が20時間を超えると逆に減ってしまうそうで,極度の空腹は逆効果のようです.
 画像提供:科学技術振興機構(JST)


インスリンが分泌されると記憶が阻害される

 さらに研究チームはそのメカニズムも明らかにしました.動物が短期記憶を長期記憶に移行するためには脳の神経細胞でCREBのいうタンパク質が新たな遺伝子を読み出す必要があり,この長期記憶メカニズムはショウジョウバエから哺乳類まで共通しています.またCREBはCRTCというタンパク質で活性化され,さらにCRTCはインスリンによって抑制されるということがわかりました.インスリンは血糖値のコントロールのために食後に大量に分泌されるホルモンですので,空腹時でインスリンが少ない状態であればCRTCが活性化され,さらにはCREBが活性化されることで長期記憶しやすい状況が作られる,ということのようです.実際,遺伝子的にインスリンの働きが低下しているハエは満腹時でも記憶力が良かったこと,空腹時でもCREBやCRTCを阻害すると記憶力が悪くなることが実験でわかりました.


 画像提供:科学技術振興機構(JST)


ねらい時は食事前

 今までは経験的に勉強は空腹時の方が良いと言われてきましたが,この研究によりそれが実証されたことになります.まあハエと人間の長期記憶メカニズムが共通しているとしても,人間で検証していない以上は確実ではありませんし,最も記憶力が良くなるハエの16時間絶食が人間ではどれくらいに相当するのかわかりません.しかし割合はともかく満腹時よりも空腹時の方が記憶力が良くなるのであれば,1日の学習スケジュールは食前に暗記系を持ってきた方が効率的,ということになりますね.
 ただし注意したいのはブドウ糖の不足は脳の活動低下を招きますので,食事を抜いてしまうのはやり過ぎだということです.脳を活動させるには糖分を摂らねばならず,糖分を摂ればインスリンが分泌され記憶力が低下する…というのは何ともジレンマですが.
 CREBやCRTCは人工的に操作することが可能だそうですので,もしかしたら将来は記憶力が向上する薬なんてのができるかもしれません.


まとめ

食事は3食きちんと摂る
暗記系の勉強は食前にする

 

研究の詳細は独立行政法人科学技術振興機構のサイト「空腹状態になると記憶力が上がる仕組みを発見」で詳しく解説されています




おなかがすくほど
記憶力が上がる