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見出しNo.01 最近、暗い場所でも自信をもって歩けますか?

暗闇で物を見る能力―暗順応―

 自動車に乗っていて長いトンネルから出た瞬間、強い日の光に目が眩んで辺りが見えなくなることがあります。しかしそれはほんの数秒のことで、またすぐに見えるようになりますね。これは明順応と呼ばれる眼の働きです。そしてこの逆、明るい場所から暗い場所に移った時の眼の調節機能を暗順応といいます。この2つの機能のおかげで、私たちは常に明るすぎず暗すぎず、最適な視界を確保することができます。
 ただしこの機能は加齢と共に衰えます。そして夜間に起こる転倒事故には、この2つの機能、特に暗順応の衰えが少なからず関わっているのです。このコラムでは生活における暗順応の役割と、そして暗順応の衰えに対応した生活環境整備のポイントについてお話しましょう。


明順応は1分、暗順応は1時間

 私たちは日常、光があるから物を見ることができます。光の量が多いほどよく見えるはずですが、天気の良い日でも悪い日でも、日なたでも日陰でも、同じような見え方をしてくれた方が生活しやすいですね。そのため眼には、光の量によって眼の感度を調節する機能があります。それが明順応と暗順応です。明順応が完了する時間はおよそ40〜60秒です。急に明るい所へ出て「眩しい!」と思っても、1分以内にはその眩しさを調節してくれるわけです。しかし暗順応の場合、反応が完了する時間はなんと30〜60分もかかります。
 なぜこんなにも長い時間がかかるのでしょうか。少し専門的な話になりますが、明順応・暗順応は2種類の視細胞の優先度を切り替えて眼の光感度を調節することで行われます。そしてその切り替えにはロドプシンという化学物質の分解と合成を用いるのですが、ロドプシンの分解によって起こる明順応に比べ、暗順応の際のロドプシンの合成の方が多くの時間を必要とすることが暗順応に長い時間がかかる原因となっています。


若い人はいいんです。どうせ転んでも怪我しないし

 暗順応が長い時間を必要とすることは日常生活において、夜に寝るときに部屋の電気を消してからベッドに入る時に問題となってきます。私たちは電気を消してベッドへ向かう際、「多分このへんにベッドがあるんだろうな」という推測のもと歩いていきます。しかし当然、暗闇の中を手探りで進むわけですから、身体をどこかにぶつけたり転倒したりする危険があります。
 しかしそれでも若い人たちはあまり困りません。なぜなら暗順応に時間がかかるといってもそれは完了までの時間であり、暗順応は徐々に進んでいくので電気を消してからベッドに向かおうとする短い時間でも暗順応が少しだけ行なわれた分、わずかに見えるようになるからです(このことを確認する方法があります。明るい部屋で片眼だけ1分ほどつぶり、電気を消してから左右の眼で見やすさを確認してみて下さい。つぶっていた眼の方が、1分だけでも暗順応を先に始めた分、よく見えることが分かるはずです)。
 ただし冒頭でも書きましたが、明順応・暗順応にかかる時間は加齢によって長くなります。代謝機能の低下に伴ってロドプシンの合成・分解により多くの時間を必要としたり、視細胞の機能低下によるものです。ですから高齢者は1分程度では暗順応はほとんど進みません。若い人ならば得られる暗闇のわずかな情報でさえ、高齢者は得られなくなってしまうというわけです。


暗順応の遅れには間接照明を

 このことによる転倒事故の危険を減らす方法は、それほど難しくありません。まず1つ目は、単純にベッドに入るまで電気を点けて明るくしておくことです。最近はリモコン式の電灯もありますし、見た目を気にしなければ電灯の紐を枕元まで延長するのもいいでしょう。とにかく暗闇で歩くという状況を無くしてしまえば、それが原因で転倒することもありません。
 もう1つの方法は、部屋に間接照明を置く事です。間接照明とは、天井に設置するメインの電灯の他に足元近くに設置する補助電灯のことで、暖色系の柔らかな光が用いられることが多いです。間接照明は壁に直接設置する方法もありますし、電気スタンドのような独立した電源を床に置いてもOKです。部屋の電気を消しても間接照明により足元が優しく照らされるため、転倒の危険が減るというわけです。ベッドに入ったら間接照明は消します。ただし電気スタンドを用いる場合は、コードの位置に注意しましょう。ドアとベッドを結ぶ動線上にコードが入らないようにして下さい。余計な危険を増やしてしまいますから。
 間接照明を用いる方法には他にもメリットがあります。夜間にトイレに行こうとして部屋の電気を点ける時を考えて下さい。寝ている時は当然眼をつぶっていますから、その間に暗順応が完了します。そのため暗闇の中でベッドから起きて電気のスイッチまで歩いて行くというのはそれほど難しくありません。暗順応のおかげで暗闇でも周りがある程度見わたせるからです。しかし電気を点けた瞬間、暗順応していた眼に強い光が飛び込み、明順応が完了するまでの数秒間は何も見えなくなってしまいます。この時に転倒する危険があるのです。しかし間接照明を用いればこの危険をなくすことができます。間接照明の柔らかい光は暗順応した眼にも優しく、眼が眩むことはありません。また部屋の電気を点ける前に、間接照明で明順応をある程度進めておくことができるので、いざ電気がついたときの刺激に耐える用意ができます。
 また他にも暗順応の遅延への対策として、ロドプシンの合成を促進する物質があります。それはアントシアニンとビタミンAです(一般的に眼に良いとされる物質ですね)。ブルーベリーなどの食品に多く含まれていますし、サプリメントとして薬局などでも売っています。試してみれば暗順応の時間が早くなるかもしれません。



青木双風(あおきそうふう)青木双風

イラストレーター
ハンドメイド作家
理学療法士

趣味のイラストや工作の展示、イラスト素材の制作などをしています。

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