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イラストレーターと
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理学療法士のサイト

見出しNo.32 リハビリテーションにおけるメイクセラピーの可能性

化粧が治療になるかもしれない

 メイクセラピーという言葉を知っていますか?化粧療法とも呼び、文字通り化粧を使って治療を行うことを言います。
 メイクをするだけで、なにかしらの治療的効果など生み出せるのだろうか?と疑問に思うかもしれません。まだ医療現場で普及しているとはいいがたいものの、研究誌で数多くのメイクセラピーの実施報告が挙がってきていますし、その中には実際に成果を上げることができたというものが多く含まれています。
 メイクセラピーの定義はまだ明確ではありませんが、何人かの研究者がメイクセラピーとはこのようなもの、という説明をしています。その一部を紹介すると、

■化粧の心理的効果として積極性の向上、気分の高揚、安心感の増加があり、同時に生理的効果としてストレスの緩和、免疫系の亢進が生じる。また社会的効果として自尊心の維持、社会性の促進が期待できる(拓殖他、2000)
■メイクセラピーは、単に外見を綺麗にするだけでなく、カウンセリングによってメンタルサポートすることを目的としている。自分の中にあるマイナスの思い込みを取り除き、新しい魅力や可能性を発見することができるカウンセリングの手法を取り入れたメイクアップ技法である(岩井、2007)
■過去に習慣化されていた化粧を行うことで社会性を取り戻し、他者からの注目を集めることで脳の活性化が期待される(加藤他、2005)
■大脳の運動野・感覚野は・顔面・手指・口腔が高い割合で対応しており、大脳皮質への刺激増加が期待できる(Penfield、1937)
■化粧療法は認知・精神機能を改善し、身体機能の低下を抑制する効果がある(町田他、2015)



メイクセラピーの対象

 メイクセラピーの対象はおもに二通りに分けられます。一方は“自己概念に問題を抱えている方”であり、メイクによってメンタルサポートを行う、カウンセリングの意味合いを持ったものです。例えばアトピー性皮膚炎や精神疾患など、外見の問題や自己イメージの不一致などにより社会生活を送るうえで障害を抱えている人たちです。
 もう一方は“認知機能が低下している方”です。認知症を患っている方がメイクをすることで自己認識能力を取り戻し、さらに習慣化することで生活リズムの調整や身体能力の向上を期待して行います。どちらもメイクを手段として社会性・活動性を促進し、最終的にはQOL(Quality of Life:人生の質)を高めることが目的です。


メイクセラピーの問題点

 しかしメイクセラピーはまだ系統立った治療手段として確立されているとは言い難く、実際に医療現場でメイクセラピーを行う際、以下のような問題点・注意点も報告されています。

◆統一された定義や手順が無く、プログラムが系統化されていないため、実践者によって内容。効果にばらつきが大きい
◆皮膚トラブルのある患者には専門的な知識が必要となる
◆身体能力に応じたメイクの技術が必要となる


入院中でも化粧しよう

 私は普段は理学療法士として回復期病棟に勤務しており、入院している患者さんの中には認知症の方もいます。認知症の患者さんは日によって調子に波があり、気分が乗らずにいつもの練習ができないこともあります。そんな時に鏡の前に連れて行って櫛を渡すと、大抵は自発的に自分の髪をとかしてくれます。「運動には全然興味が無くても、自分の身だしなみには関心があるんだな」なんて、ちょっと皮肉交じりに思ってしまいます。
 また患者さんが退院日を迎えるときには毎回驚かされます。入院中はパジャマやスウェットなどいわゆる“寝間着”を着て、頭には軽く寝癖が残ったまま練習をしていた患者さんが、退院当日を迎えると綺麗なよそ行きの洋服に着替え、メイクをバッチリ決めて挨拶してくれます。姿勢もしゃんとしていて声にもハリがあって、入院中とあまりに違う変身ぶりに軽く騙されたような気分になります。同時に「入院中からこの格好でいればいいのに」と少し残念な気分になります。

 回復期病棟とは退院後の生活のための練習をする場所ですから、練習中はもちろんのこと、病棟生活においてもメイクをして着飾っていて一向にかまいません。しかしリハビリというと“辛くても運動をストイックに頑張る”というイメージがありますし、「自分は病人で、ここは病院」という意識が邪魔をしてしまうのかもしれません。もっと気楽に、楽しくやれればいいのですが。
 今後メイクセラピーがもっと注目されて身近になり、患者さんであっても入院中であっても、入院前と同じように気軽に自己表現を楽しんで、メイクがもっと当たり前になることを望みます。


参考文献
1)拓殖晴予,岡田富雄他:メイクアップ及びエステティックマッサージ行為が及ぼす生理心理的影響―内分泌系に与える影響―.日本健康心理学会第13回大会発表論文集 2000:192-193
2)岩井結美子:メイクセラピー検定2級対策テキスト.NPO法人 日本人材教育協会 メイクセラピー検定事務局
3)加藤由有,小松美砂他:老人保健施設で化粧療法を受けた高齢女性の化粧への考えと感情の変化.看護技術 2005;51:905-908
4)Penfield W,Boldrev E:Somatic motor and sensory representation in the cerebral cortex of man as studied by electrical stimulation.Brain 1937;60:389-443
5)町田明子,上田泰士他:化粧療法が高齢者の脳波にもたらす変化 認知症重症度による違い.老年精神医学雑誌 2013;24:915-927



青木双風(あおきそうふう)青木双風

イラストレーター
ハンドメイド作家
理学療法士

趣味のイラストや工作の展示、イラスト素材の制作などをしています。

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