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見出しNo.36 「どっこいしょ」という口癖にまつわる噂についての文献的考察

「どっこいしょ」が口癖の人はぎっくり腰にならない

 「どっこいしょ」が口癖の人はぎっくり腰にならない…こんな話を昔どこかで聞いたことがあります。理学療法士の世界ではそこそこ有名な噂ですから、聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。同僚の理学療法士に聞いてみても、知っているという者は何人かいます。しかしその情報源となると皆あいまいで、私も含めて「どこかでそんな話を聞いたことがあるよ」という程度です。
 果たしてこの噂の真偽はどうなのか?私の意見としては、理屈は十分通っていると思っています。ぎっくり腰は正式には“急性腰痛症”と呼ばれ、腰椎(腰の部分の背骨)を支えている靱帯や筋肉、椎間板などに部分的な損傷が起こり、強い痛みが生じる病態です。そのきっかけは荷物を持ち上げようとして身体を起こしたときなど、腰部の安定性を超えて大きな負荷が加わった瞬間であり、この安定性を向上させるのは、腹腔内圧を上げるはたらきを持つ“腹横筋”の存在が大きいとされています。
 一方、「どっこいしょ」というのは、つまるところ“発声”です。発声とは息を吐く行為です。息を吐くためには腹腔内圧を上げて横隔膜を押し上げる必要があり、やはりここにも腹横筋が関わっているのです。まあこの場合、必ずしも「どっこいしょ」でなくても良いのですが…
 このコラムを執筆するにあたり、私は以下のような仮説を立てました。

 仮説@:腹横筋の収縮または筋力強化により、急性腰痛症の発症率を下げられる
 仮説A:どっこいしょと発声することで腹横筋が収縮する
 仮説B:仮説@およびAにより、どっこいしょが口癖の人は急性腰痛症の発症率が下がる


「どっこいしょ」は「どっこいしょ」でなければならない

 上で述べた仮説を検証するために、私は過去の論文を調べることにしました。「どっこいしょ」が口癖の人にぎっくり腰が少ないかどうかを調べた研究は見つかりませんでしたが(当たり前ですが)、仮説@、Aを支持してくれる論文が見つかりました。
 まず腹横筋のはたらきを高めることで“慢性腰痛”を予防できるかどうかは、過去に多くの研究がなされており、間違いないと言って良いかと思います。以下に代表的なものを紹介します。

(1)村上幸士、他:腰痛の有無において比較した腹横筋の深部への変化.理学療法学39 Suppl. No.2(第47回日本理学療法学術大会抄録集):197,2012
「受診する程度の腰痛を有する群に対し、腹横筋の収縮を超音波測定したところ、受診しない程度の腰痛がある群および腰痛のない群と比較して収縮が不十分であった」

(2)畠山和利、他:腹腔内圧が体幹安定性に及ぼす影響.理学療法学42 Suppl.No.2(第50回日本理学療法学術大会抄録集),2015
「腹腔内圧を高め体幹を安定させるには、腹横筋や横隔膜、骨盤底筋などの筋力や筋硬度が必要となる」


 そして“急性腰痛”であるぎっくり腰の予防については、以下の論文で述べられていました。

(3)浜西千秋:腰痛性疾患にみられる「コルセット筋」の筋力低下と簡便な座位トレーニング.日本腰痛会誌13:52-57,2007
「内外腹斜筋、腹横筋、多裂筋など腹腔周囲筋の持続運動や筋力強化は、慢性腰痛の予防と治療のみならず、“ぎっくり腰”の予防にも有用である」


 これで仮説@は正しいと言って問題ないかと思います。そして仮説Aについては、発声により腹横筋が収縮するだけでなく、母音(a、i、u、e、o)の違いにより収縮の度合いに差が出るという面白い論文を発見しました。

(4)布施陽子、他:母音発声と腹横筋活動との関連性.PTジャーナル49:1055-1057,2015
「発声に伴う腹腔内圧上昇とともに腹横筋は収縮し、かつ母音(a、i、u、e、o)のうち、u、oが特に強い収縮が得られる」



 この論文によれば、母音のうち、a、I、eは発声時に唇が丸くならない“非円唇母音”に分類され、u、oは逆に唇が丸くなる“円唇母音”に分類されます。円唇母音は口輪筋などの唇周辺の筋を多く使用し、より腹腔内圧上昇に寄与する率が高いようです。
 この論文を読んで最初に私が何を思ったか?そうです「どっこいしょ」です。促音(小さい「つ」のこと)を除けば、4文字のうち3文字が母音oなのです。これはまさに腹横筋を収縮させるためにある言葉と言えるでしょう。「よっこらせ」や「どっこいせ」ではなく、「どっこいしょ」でなければならない理由が今解明されました。感動しています。


積極的に「どっこいしょ」を連発しよう

 というわけで、「どっこいしょ」という掛け声により、ぎっくり腰を予防する効果が文献的には確認できました。「どっこいしょ」が口癖の人はぎっくり腰にならない、とは言わないまでも、なりにくいとは言えそうです。母音の種類まで関係しているとは思いませんでしたので、私としても大きな発見でした。ここで更にもう一つ、発声と腹横筋に関連する論文を紹介しておきます。

(5)竹原圭祐、他:発声時の声の高さが側腹筋筋厚に与える影響−第2報−.理学療法学41 Suppl.No.2 (第49回日本理学療法学術大会抄録集),2014
「発声時の腹横筋の筋厚は、高音での発声時ほど増加する傾向にある」


 これはできるだけ低音、できるだけ高音で発声したときの筋厚を超音波測定したものです。通常時の筋厚を100%としたときに、低音では111%に変化し、高音では128%に変化したとのことで、これは高音での発声の方が腹横筋がより強い収縮を起こすことを意味します。ただしこの実験では有意差が出るほどではなく、あくまで傾向がある、程度のようです。より甲高い声で「どっこいしょ」を叫んだ方が良いかもしれませんね。
 今後、「どっこいしょ」という口癖がもとで“年寄りくさい”だの何だのからかわれることがあれば、「円唇母音発声により腹横筋収縮を誘発し急性腰痛症を予防しています。あなたもどうですか?」と答えてあげるのが良いでしょう。



青木双風(あおきそうふう)青木双風

イラストレーター
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理学療法士

趣味のイラストや工作の展示、イラスト素材の制作などをしています。

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