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見出しNo.37 息切れして苦しい時は、さらに息を吐いてみよう

ゆっくり呼吸しても速く呼吸しても結局同じ?

 運動をすると苦しくなって自然と息が切れますが、呼吸の仕方によって回復のスピードが変わる、という話をしようと思います。
 私たちは肺の中にある肺胞という器官で体内とのガス交換をしています。運動をして体内に酸素が足りなくなったり二酸化炭素が多くなったりすると、自然と呼吸が速くなり、ガス交換を促進しようとします。深呼吸をすると、より早く楽になります。しかしゆっくり呼吸している間に、速い呼吸なら何回もできるわけですから、結局同じことでは?という気もします。


浅い呼吸より深い呼吸の方が良い
 1回の呼吸で取り込む空気の量(1回換気量)は、性別や体格によって差はあるものの、おおむね500mlとされています。1リットル牛乳パック半分の量ですね。これは平常時に特に意識せずに呼吸している量ですから、深呼吸すればもっと多くなりますし、逆もあります。
 しかし、鼻から吸い込んだ空気が、すべてがガス交換に使われているわけではないことに注意が必要です。吸い込んだ空気は肺胞に達して初めて役に立ちます。つまり鼻から肺胞までの空間にある空気はガス交換に関与しません。この領域は“解剖学的死腔”と呼ばれ、およそ150mlの容量があります。

@息を吸う。死腔と肺の中が新鮮な空気で満たされる

A肺の中ではガス交換が起こり、二酸化炭素が多くなる。死腔にある空気は何も変わらない

B息を吐く。吐ききっても死腔には古い空気が残ったまま

C息を吸う。死腔にある古い空気がまた肺に入り、そのあと新鮮な空気が入る

D繰り返し。1回の呼吸につき、必ず死腔150mlの古い空気が肺に入る

 通常呼吸の1回換気量は500ml、1分間の呼吸数は16回ほどです。したがって1分間に取り込める空気の量は500ml×16回=8000mlですが、死腔150ml×16回=2400mlとなり、実際ガス交換に関与している空気の量は8000ml−2400ml=5600mlです。
 これに対し、深呼吸はどうでしょう。深呼吸の換気量を通常呼吸の2倍の1000ml、大きく吸えば時間がかかるので1分間の呼吸数は半分の8回とします。1000ml×8回=8000mlで取り込んでいる空気の量は同じですが、死腔の容量は150ml×8回=1200mlとなり、通常呼吸の半分となりました。
 逆に浅く速い呼吸はどうかというと、1回の換気量を250mlとするかわりに回数は32回として計算すると250ml×32回=8000mlで同じ、死腔量は150ml×32回=4800mlで、通常呼吸の倍となりました。以下に表でまとめてみました。
1回換気量 死腔量 呼吸数 1分の換気量 1分の死腔量 1分の有効な
換気量
浅く速い呼吸 250ml 150ml 32回 8000ml 4800ml 3200ml
通常呼吸 500ml 150ml 16回 8000ml 2400ml 5600ml
深呼吸 1000ml 150ml 8回 8000ml 1200ml 6800ml
 死腔量はどんな呼吸でも常に一定なので、1回の呼吸で大きく吸えば吸うほど、死腔の影響は小さくなります。計算結果から、深呼吸は浅く速い呼吸に比べ2倍以上も効率的であることがわかりました。


吸うことよりも吐くことを意識した方が良い

 私たちは呼吸が苦しいと感じたとき、たくさん空気を取り込むために“吸う”ことに意識が向きがちです。しかしここが落とし穴で、すでにある程度肺に空気が入っている状態でさらに空気を吸うと、古い空気と新鮮な空気が混合しガス交換は非常に効率が落ちます。
 このことを例を用いて説明します。大きなタライに10リットルの泥水が入っています。これをガス交換が終わった古い空気に見立て、新鮮な水に変えることを考えます。この時5リットルのバケツがあるとしたら、最初に5リットルのきれいな水を入れてから、5リットルくみ出しますか?それとも泥水を5リットルくみ出してから、きれいな水を5リットル入れますか?
 きれいな水を入れてからくみ出す場合、最初の泥水10リットルを濃度100とすると、濃度0のきれいな水5リットルを入れることで全体の濃度は67となります。そして5リットルくみ出しても67のままです。次に泥水を汲みだしてからきれいな水を足す場合、くみ出して5リットルになった濃度100の泥水に濃度0のきれいな水を5リットル足しますから、濃度は50になります。
 これはつまり、吸ってから吐くか、吐いてから吸うかに置き換えることができます。吸ってから吐いた場合の古い空気の濃度が67なのに対し、吐いてから吸えば濃度は50になります。息を吐いたときに肺の中に残っている空気を“残気量”と呼びますが、なるべく最後までしっかり吐いて、残気量を少なくした方が換気の効率は良くなるのです。ですから、呼吸は吸うことよりも吐くことを強く意識しましょう。


苦しい時は深く吐いた方が良い

 私たちの脳には、呼吸をつかさどる延髄と呼ばれる場所があり、常に体内をモニターしながら呼吸の量を調節しています。体内に二酸化炭素が増えてくると、危険信号の一つとして“苦しい”という感覚が生じ、呼吸数が増えます。たくさん呼吸をして二酸化炭素がしっかり排出されると、延髄がもう大丈夫と判断して“苦しい”という感覚を取り下げます。その結果、呼吸は平常時に戻ります。
 つまり運動などをして苦しくなった時は、肺の中、ひいては体内の二酸化炭素をなるべく早く排出することが必要です。ここまでで確認したように、“深く呼吸すること”、“吐く方を意識すること”で、極めて効率的に二酸化炭素を排出することができます。
 運動直後で苦しい時は、たくさん呼吸をしようとして呼吸が浅く速くなったり、吸うことばかりを意識してしまいがちですが、ここでぐっと我慢して、最後まで大きく吐く、ということを意識して呼吸してみてください。


参考文献
 小林剛、山口崇:呼吸困難のメカニズム.がん患者の呼吸器症状の緩和に関するガイドライン2011年版:14-17,2011



青木双風(あおきそうふう)青木双風

イラストレーター
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理学療法士

趣味のイラストや工作の展示、イラスト素材の制作などをしています。

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