■コグニサイズとは
前回、歩行中に話しかけて立ち止まってしまう人は転倒リスクが高いというお話をしました。キーポイントとなったのは二重課題の能力ですが、今回はその二重課題の能力を向上させるための運動プログラム「コグニサイズ」について紹介します。
コグニサイズは国立長寿医療研修センターが開発した、運動と認知課題(計算、しりとりなど)を組み合わせた、認知症予防を目的とした取り組みの総称を表した造語です。英語のcognition(認知)とexercise(運動)を組み合わせてcognicise(コグニサイズ)と言います。
コグニサイズ自体の目的は前述のように認知症の予防ですが、その前提として二重課題の能力を向上させる要素を含んでおり、かつ運動を含んだ二重課題ですので、転倒予防への対策として最適です。以下はコグニサイズの運動と認知課題の特徴です。
@運動は全身を使った中強度程度の負荷(軽く息がはずむ程度)がかかるものであり、脈拍数が上昇する(身体負荷のかかる運動)
A運動と同時に実施する認知課題によって、運動の方法や認知課題自体をたまに間違えてしまう程度の負荷がかかっている(難易度の高い認知課題)
歩行を用いたコグニサイズの例として、100から3の引き算と5の引き算(100、97、92、89、84というように)を交互にしながら歩く、というものがあります。認知課題も運動も、どちらか片方だけ集中して行えばなんとかこなせますが、両方を同時に行うと時々計算を間違えてしまったり、歩く速度が落ちてしまったりします。
■コグニサイズの課題がうまくなることが目的ではない
誤解されやすいことですが、コグニサイズの目的は、課題自体がうまくなることではありません。課題がうまくできるということは、脳への負担が少ないことを意味します。
例えば、認知症予防に効果があるとされる有名な指体操で、左右の指の先を合わせて指先をクルクル回す体操がありますね。初めてやった人はなかなかうまくいかず、しかし練習しているとだんだんと滑らかに回せるようになってきます。実はあれは指を滑らかに回せることが認知症予防につながるのではなく、うまく回せずに“脳が試行錯誤して頑張っている状態”に効果があるのです。
ですから上達しきった状態では、もはやあまり効果は見込めません。これと同じことがコグニサイズにも言えます。つまり練習して課題に慣れ始めたら、どんどん課題を修正して難易度を増していくことが重要です。
課題を何度か繰り返しても、まったく間違えずに上手にできるとしたら、その課題はあなたにとって難易度が低い、つまり効果が低いということになります。集中して行ったうえで、運動や認知課題をたまに間違えてしまうくらいが適正な難易度です。試行錯誤して、間違えることも楽しんでください。
このあと、立ってできる、座ってできるコグニサイズの中から1例ずつ紹介します。
■立ってできるコグニサイズ:ステップ運動+3の倍数で拍手
立って右横・左横にステップする運動です。数字は声に出して数えますが、3の倍数の時は声に出さず、かわりに拍手をします。
難易度を上げるには、「3の倍数の時は声に出さない」「拍手する数を変える(例:5の倍数、7の倍数)」「拍手を別の動作に変える(頭を触る、おなかを触るなど)」などがあります。
※国立長寿医療研究センター「コグニサイズ」のパンフレットより引用
■座ってできるコグニサイズ:座って身体をタッチ+3の倍数でグータッチ
椅子に座り、左右の膝、足首を左右の手で順番にタッチします。通常は手を開いてタッチしますが、順番が3の倍数の時はグーでタッチします。
難易度を上げるには、「グータッチする数字を変える(5の倍数、7の倍数)」「タッチする身体の部位を変える(肩、頭)」などがあります。
※国立長寿医療研究センター「コグニサイズ」のパンフレットより引用
■安全への備えは万全に
先にも書きましたが、コグニサイズは集中して行ったうえで、運動や認知課題をたまに間違えてしまうくらいが適正な難易度です。つまり運動も失敗することが前提ですから、失敗した時の備えを万全にしてください。歩行や段差昇降の際につまずいたりバランスを崩しても、立て直せるくらいの身体能力の人が行う、もしくはすぐに手すりにつかまれる環境で行ってください。転倒予防を目的とした練習で、転倒して怪我をしてしまっては本末転倒ですからね。
先に紹介した立ってできるコグニサイズ、座ってできるコグニサイズは、ほんの一例です。他にも歩きながら、ステップしながら、床に座りながら、ペアで、グループで、など、様々な種類のプログラムが存在します。コグニサイズのパンフレットは国立長寿医療研修センターのホームページで配布していますので、興味があれば覗いてみてはどうでしょうか。
国立長寿医療研修センターのコグニサイズのページ
https://www.ncgg.go.jp/hospital/kenshu/kenshu/27-4.html