■筋力トレーニングは重要だけど…
人は加齢によって筋肉が萎縮し、身体機能が低下することがわかっており、このことは高齢者のリハビリテーションを行ううえでの阻害因子となります。だからこそ、高齢になっても健康な生活を送るためには筋力トレーニングが重要とされています。
しかし一口に筋力トレーニングと言っても、雑誌やテレビには様々な種類のトレーニングメニューがあふれ、その目的としている筋肉も様々です。なんとなく自分にとってやりやすいトレーニングだけを選んでいると、鍛えられる筋肉に偏りが出て、知らず知らずのうちに特定の筋肉が痩せてしまっていたなんてことにもなりかねません。
そこで今回は、高齢者の歩行能力の違いによって、各筋肉の筋委縮の程度が異なるかを調べた研究を紹介します。これを知れば、長く健康に歩き続けるためにはどの筋肉を優先的にトレーニングすれば良いのかがわかりますので、目的に合ったトレーニングメニュー選びの参考にしてください。
■加齢による下肢筋の筋萎縮について―高齢者の歩行能力によって違いはあるのか?―池添冬芽、森奈津子、中村雅俊、市橋則明 著
理学療法学Supplement 2009 (0), A3O1007-A3O1007, 2010
■方法
養護老人ホームおよび療養型病院に入所・入院している高齢女性34名(平均85歳)について、最大歩行速度が1m/秒以上の歩行自立者(高速歩行群)、1m/秒未満の歩行自立者(低速歩行群)、半年以上歩行していない者(歩行不可群)の3群に分類し、下肢筋の筋厚を測定した。
健常若年女性20名(平均年齢20歳)を比較用の若年群とした。
測定する筋は大殿筋、中殿筋、小殿筋、大腰筋、大腿直筋、外側広筋、中間広筋、大腿二頭筋、腓腹筋、ヒラメ筋の10筋とした。
■結果
若年者と比較しヒラメ筋は歩行不可群のみ筋厚が有意に小さかった。
ヒラメ筋以外の筋は高齢者の3群すべてが若年者より有意に小さかった。
高速歩行群と低速歩行群の比較では全ての筋において有意な差は無かった。
高速歩行群および低速歩行群と歩行不可群との比較では、大殿筋、大腿直筋、外側広筋、中間広筋、腓腹筋、ヒラメ筋において、歩行不可群が有意に小さかった。
■抗重力筋を中心に結果が分かれた
人は加齢により筋線維数が減少し、筋線維一本一本も細くなってしまうため、若年者と比較すると高齢者は運動習慣に関係なく筋厚が小さい傾向にあります。しかしヒラメ筋においては、歩く能力を保てていれば高齢者も若年者と統計上差が無い程度に筋肉を保っていられるようです。
そして全ての筋肉において、高速歩行群と低速歩行群との間には筋厚に有意差はありませんでした。速く歩けるかどうかは筋肉の量とは関連性が少なく、別の要素にあることが示唆されました。よってこれ以降の文章では、高速歩行群と低速歩行群をまとめて歩行可能群と呼称します。
大腿直筋、外側広筋、中間広筋は全て、大腿四頭筋と呼ばれる太もも前面のほとんどを占める大きな筋肉の一部であり、これらが歩行可能群と歩行不可群との間で最も大きな差があることから、歩行にはこの大腿四頭筋の筋力が最も重要であることがうかがえます。また同じく大きな差があった大殿筋、腓腹筋も併せて、これらは抗重力筋と呼ばれ、立位姿勢を維持するために重要とされている筋肉群であり、改めてその重要性が示唆されました。
また中殿筋は、歩く時に左右のバランスをとるために必要な筋肉であり、歩行のトレーニングには不可欠です。ただ今回の実験では、確かに歩行不可群は歩行可能群と比べて筋厚が小さかったものの、統計上有意と呼べるほどの明確な差はありませんでした。歩行には重要ではあるものの、さほど大きな筋力は必要としないということなのかもしれません。
■大腿四頭筋を鍛えよう
以上の結果から、高齢者において歩行能力を保つために最も重要な筋肉は大腿四頭筋であり、次いで大殿筋、腓腹筋、ヒラメ筋であることがわかりました。逆に大腰筋や小殿筋の筋厚は、歩行能力とあまり関係がないこともわかりました。
大腿二頭筋や中殿筋は、歩行可能群より歩行不可群の方が筋厚が小さい傾向を示すものの、有意差が出るほどの明確な差は生じないことから、少なくとも筋肉の量を維持するような高強度での筋力トレーニングの必要性は低いことが考えられます。特に中殿筋は、歩行においては片脚になっている時に身体をまっすぐに保つことが役割ですので、大きな筋力というよりはバランスをとるような調整能力が求められるのでしょう。
よって結論としては、筋力トレーニングは大腿四頭筋を目的としたものを最優先に、次に大殿筋、腓腹筋、ヒラメ筋を目的としたもので構成するのが良いでしょう。さらに充実させるなら、中殿筋を使ったバランストレーニングも加えると効果的です。