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見出し勉強中の音楽は良いのか悪いのか 〜過去の研究は否定的要素がほとんどだけど…〜

勉強中の音楽は良いのか悪いのか?

 皆さんは勉強中に音楽を聴きますか?それとも聴きませんか?私の周りには「ながら勉強なんて効果がない。音楽は聴かない」という人と、「音楽がないと集中できない」という人の両方がいます。真実はどちらでしょうか…?
 無音状態では作業効率が低下することは、過去の研究でおおむねわかっています。私たちの身の回りには環境音(風の音や家具の音など、いわゆる雑音)がそれなりにありますので、静かすぎると環境音を探そうと注意が分散してしまうようです。図書館など静かな場所で落ち着かなくなる人はこの性質が強いのでしょう。

 ですから自分の部屋などで勉強するときには、無音よりも何かしら音がした方が集中できるということになります。問題はその音が、環境音など意味をなさない音が良いのか、きちんとした音楽でも大丈夫なのかということです。環境音などの意味をなさない音であれば、音量に気を付ければそちらに気をとられることもなく、無音でもないので注意を分散させることもないように思いますが、音楽では(特に日本語の歌詞があると)そちらに注意を削がれ過ぎてしまうのではないか、という気がします。
 音楽が知的作業効率に影響するかというテーマについては多くの研究がなされています。以下に過去の研究や書籍の内容を簡単にまとめてみました。

※なるべく短く要約したのでかなり意訳を含みます!著者の意図から大きく外れることはないはずですが、だいたいこんなもん、という程度に思ってもらえれば…

A)谷口葉月(1998)。BGMの効果及び問題点の研究―知的作業時を中心に―
鈴木ゼミ研究紀要、8、61-119
各種知的作業時にBGMをどう感じるかのアンケート調査。より深く、速く、正確な思考をするほどBGMは邪魔になる。クラシック等、BGMの種類による差はない。

B)阿部麻美、新垣紀子(2010)。BGMのテンポの違いが作業効率に与える影響
日本認知科学会大会発表論文集、27、3-47
テンポを変えた2種のクラシック(同じ曲)を聴きながら3種の課題を行う。計算、タイピングはテンポが速いとミスが多くなり、歩行速度はテンポが速いと速くなる。

C)野村知世(2004)。BGM音楽の既知性と音楽的性格が知的作業に及ぼす影響
北海道教育大学卒業論文
刺激的or鎮静的×知っているor知らないの4種の音楽を聴きながら2種の課題を行う。計算は知っている曲より知らない曲の方が正答率が上がるが、音楽を聴かない場合との有意差はない。推論課題は知っている刺激的な曲は他の3種より正答率が上がるが、音楽を聴かない場合との有意差はない。

D)大場義夫、他(1978)。騒音とB.G.M.が知的作業に及ぼす影響に関する実験的研究
東京大学教育学部紀要、30、371-380
白色ノイズ(「シャー」って感じの雑音)を聴きながら東大A-S式知能検査H版を行う。はじめのうちは一部覚醒効果を認めるが、やがて知的作業の阻害因子になる。クレペリン加算作業を行った実験では、男女ともに特に作業後半において阻害される。

E)大場義夫、他(1979)。騒音とB.G.M.が知的作業に及ぼす影響に関する実験的研究(第2報)
東京大学教育学部紀要、31、125-133
Dの実験後にアンケート調査を実施した。質問:音楽を聴きながら勉強する理由は何ですか
 解答:
   @周囲のうるさい音をけすため 24人
   A勉強の能率を上げるため 25人
   Bたいくつさをまぎらわすため 58人
   C音楽を聴きたいから 128人

F)菅千索、岩本陽介(2003)。計算課題の遂行に及ぼすBGMの影響について
教育実習総合センター紀要、13、27-36
曲調の異なる数種のクラシックを聴きながら計算問題を行う。BGMは計算の作業量に影響しなかった。ただし高揚的な曲を聴くと計算作業に否定的な感情を抱き、抑鬱的な曲では作業に肯定的な感情を抱く。

G)谷口高士(1998)。音楽と感情
北大路書房
作業中に音楽を聴いた場合、好きな音楽では作業に対し相対的に肯定的な感情を持ち、嫌いな音楽では作業に対し相対的に否定的な感情を持つ。


 これらを読む限りでは、やはり勉強中の音楽は良い結果をもたらさないようです。それぞれの論文の結論をまとめてみると、「知的作業中の音楽は、判断や理解を必要としない低レベルの知的作業(簡単な計算や暗記など)を促進も阻害もしないが、高レベルの知的作業は阻害してしまう。」といった感じのようです。音楽の種類による違いは、歌詞の有無以外は有意差を出すほどではありませんでした。
 また音楽CDショップではクラシックや環境音楽などが勉強中にお勧めの音楽として特集を組まれていることが多いですので、こちらについても調べてみました。お勧めの理由としては「この音楽を聴くとα波が出るので集中力がアップする」というのが多かったのですが、このような謳い文句は非常に疑問です。なぜなら、集中しているときなど覚醒度の高いリラックス状態(冷静な状態)ではβ波とα2波が出現するのですが、それに対し覚醒度の低いリラックス状態(ぼんやりしている)ではα1波が出現します。α1波とα2波はどちらもα波ですが周波数が違います。したがって環境音楽やクラシックがどちらのα波を誘発するかは注意しなければなりません。癒しなどヒーリング効果も同時に謳っているものはα1波を誘発すると考えるのが妥当でしょう。

 またそもそも、「集中時にはα波が出る。だからα波を出せば集中できる」という論理に検証の余地があります。「嘘をつくと目が泳ぐ。だから目が泳いでいる人は嘘をついている」という命題は誤りだからです。もちろん相関はあるのでしょうが、α波を出すのが目的ではなく集中することが目的ですので、α波を出すことに固執し過ぎるのは本質を見失う恐れがあります。
 しかしこれだけ否定的な材料がそろってもなお、音楽派の人たちは勉強中に音楽を聴こうとします。もちろんそれが良いと思っているから聴き続けるわけで、ここには「学習効果を下げるから音楽はダメ!」という単純な理屈では割りきれない理由があるのでしょう。今度はこちらについて詳しく考えてみようと思います。

音楽に学習効果を求めていない

過去の研究から、勉強中の音楽は学習効果を低下させることが客観的なデータで示されました。「音楽心理学」の著者梅本尭夫氏は、作業中における音楽の効果に次の3つを述べています。

@刺激する:作業中の単調さを破り、退屈感をまぎらわし、作業者を刺激して能率を上げさせる
A抑制する:意識が作業から離れ、作業に不注意になったり、不必要な空想が起きるのを防ぐ
B騒音を遮蔽する:作業環境を調節して間接に能率を上げる


 もともと作業中に音楽をかけよう、という発想は工場の職場環境改善の一環として生まれました。梅本氏の挙げた3つの音楽効果は、判断や理解をさほど必要としない作業では有効なのかもしれませんが、能動的な学習においては成り立たないようです。
 学習効果以外で音楽を聴く理由を考えるために注目したいのが、前述のE)の研究にあるアンケート結果です。このアンケートの対象は中学1、2年生ですが、音楽を聴きながら勉強する理由は「A勉強の能率を上げるため」よりも「C音楽を聴きたいから」が圧倒的に多く、音楽を聴きたいから聴いているという非常に当たり前な結果が……ん…?
 ……そうなのです。この結果から、ながら勉強をしていた人たちは「勉強するついでに音楽を聴いていた」のではなく、「音楽を聴くついでに勉強していた」ことが判明しました(……!)。なんだか壮大な勘違いをしていたような気分です。もちろんこのアンケート結果が全てをあらわしているわけではありませんが、実際こんなもんなのかもしれません。そもそも音楽に学習効果など求めていなかった、というわけです。

音楽はモチベーションを維持するためのツール

 今まで行われてきた研究のほとんどが「作業に対する意欲がある」ことを前提としてデザインされています。そもそもの前提がずれているわけですから、音楽を聴きながら勉強している人たちに「学習効果が下がるからやめた方がいいよ」なんて言ったところでナンセンスですね。
 しかしそれならそれで、音楽の有効活用法も見えてきます。「モチベーションをコントロールする〜期待×価値理論〜」にも書きましたが、勉強とはそれ自体は楽しくないのです。勉強に目的や価値を付加して初めて楽しいと感じられる可能性があるのですが、目的意識のはっきりしている人間なんてそう多くはいません。だから勉強しなければいけないことは分かっているけれども、なかば義務感で行う勉強は相当な精神的負担を生むはずです。
 しかしそれが音楽を聴くことにより軽減されるのであれば、勉強中に音楽を聴く意義は大いにあるはずです。たとえ学習効果を若干下げてしまうとしても、それにより精神的負担を感じず、聴かないよりも長く勉強し続けられるとすれば、結果的に音楽を聴かないよりも多くの結果を出せることになります。まぁこのあたりのバランスは人によって様々でしょうから一概にどちらが良いとは答えられませんが、音楽は「学習効果を犠牲にするかわりにモチベーションを維持するためのツール」と位置づけることができそうです。もともと聴かなくても勉強できる人があえて聴く意味はありませんが、「勉強しているとすぐ気が散ってしまう」「エンジンがかかるまでに時間がかかる」「長続きしない」といった人には向いているツールかもしれません。もしくは普段聴かない人も「今日はなんだか気分が乗らない」なんて日には音楽を聴いて勉強してみると、思わぬ効果があるかもしれません。


まとめ

@勉強中の音楽は学習効果を犠牲にするかわりに、学習への導入や持続を促す効果がある。気が散りやすい人、エンジンがかかるまでが長い人、長続きしない人には音楽はお勧め!

A暗記など単純な勉強ではアップテンポでなければ好きな曲をかけてOK!

Bノートをまとめたり新しい分野など理解力が必要な勉強では歌詞付き、アップテンポの曲はやめよう(外国語など自分が理解できない歌詞ならOK)。

C俺は音楽なんて聴かなくても勉強できるぜ!って人は「それが一番良い」



青木双風(あおきそうふう)青木双風

イラストレーター
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